この書は懸、針、精、微の字を懸針篆という形で書いたものです。 典型的な篆書の変形として窺えるかたちです。 まるで画が針のようになっているので、このような 名称になったのでしょう。 『篆隷文体』には、漢の曹喜という人が、五経の編目を題する ときに、これを用いたとあります。