この書はチュウ、文、中、達の字を籀書という形で書いてあるものです。 装飾豊かといえばいいでしょうか。まさに雑体書というべきでしょうか。 『篆隷文体』によると、周の宣王(?〜紀元前782)が部下に命じて 書かせたとあります。また、漢の班固(32〜92)はこの書のことを 史書と呼んでいたといいます。 石鼓文(せっこぶん)などに用いられている書体です。