雄峯閣 ―書と装飾彫刻のみかた―

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新湊曳山祭 紺屋町(こんやまち)

紺屋町

○データ
・名称:紺屋町
・創建:寛政元(1789)年
・明治10(1877)年、大門川原町に譲渡
・明治13(1880)年新造

○写真
ヤマトタケル  陳楠        
 歌仙

○メモ
紺屋町曳山はもともと小型の曳山だったようで、「小さき山」と呼ばれていたそうです。 ところが明治時代になって隣町の大門町(現在は射水市)川原地区に譲渡(大門曳山祭り として今もあります)、新造したという歴史があります。
上から順に装飾を見ていきますと、標識は振鼓、もともとは剣太鼓といっていたそうですが、 振鼓と書いた記録が出てきたのでそう称しています。
王様はヤマトタケル、前人形はそれにあわせて和様の人形を据えています。もとは 漢の高祖が王様だったそうですが、日清戦争(1894〜95)の時に改めました。
左右上段の彫刻には梅・松・菊、背面の鏡板には陳楠(『新湊の曳山』では 鉄拐先生悪魔祓いの図としているが、曳山彫刻での重複はまずありえない)が彫られています。
中段彫刻に目をやると、堆朱仕上げで蝦蟇仙人(前面)、瓢箪から駒(張果老、向かって右)、 鉄拐先生(魂を吐く、背面)、林和靖?(向かって左)がいます。
飾金具は歌仙と歌をモチーフにしたものと十二支をモチーフにしたものがあげられ、特に 十二支の飾金具は緻密な彫がされています。
全体的に中国的な姿なのですが、歌仙金具や王様の変更など、少しばかり日本風なところ が入り混じっており、曳山の趣向の変遷が窺えてきます。

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